2004年の貸金業法改正
2001~2002年の貸金業法改正によって、出資法の定める上限金利は29%にまで引き下げられました。
また、2000年代に突入し、日本の景気もかなり変動し、これによって貸金業は大きな改革を迫られることになったのです。
主に、イメージの変化を重点とした改革が行われ、各大手企業はCM戦略などを行い、貸金業に対するイメージを少しでも良くするという方法を取っていました。
その一方で、ヤミ金というものが廃れることは無く、取締りを厳しくしたものの、今度はインターネット上での貸し出しに関しての様々なトラブルが発生するなど、時代が進んだことで新たな問題が発生し、物議を醸していました。
そういった事もあり、2004年、またも貸金業法の改正が行われることになりました。
この2004年の改正では、主にヤミ金融に対しての徹底した取締りがテーマとなりました。
まず、貸金業の登録要件を厳格化し、普通の金融業者を装ったヤミ金融が登録できないようにすると共に、無登録業者への取り締まり、取立行為への規制をかなり強化しました。
同時に罰則の強化も行い、年間109.5%を超える過剰金利で貸付を行った契約に関しては、無効とするという法律が制定しました。
こういったヤミ金融対策の改正がなされた事で、徐々にヤミ金融による被害は少なくなってきたと言われています。
ただ、それは見かけだけの数字で、実際には泣き寝入りしている人の数はまだかなりいるという状況も、少なからず残っていました。
そういった部分のさらなる強化として、2006年にまたもや改正がなされる事となったのです。
そして、平成の改正へ
問題を抱えつつ、昭和58年に運営が開始された貸金業法ですが、やはりその問題は徐々に大きなものへと発展していくことになります。
特に、グレーゾーン金利に関しての問題は全く改善が見られないままで、貸金業者の多くは、このグレーゾーン金利に関しておとがめなしという判断を下し、利息制限法ではなく出資法の上限金利を用いて貸金業を営んでいました。
さらに、平成に入るといわゆる『ヤミ金融』と呼ばれる悪徳業者が増加の一途を辿り、クレジットカードでの買い物が一般化したことで、カードによる借金、そして法外な金利に対して支払いができずに自己破産、という流れのいわゆる『カード破産』が頻繁に発生し、大きな社会問題となったのです。
こういった経緯もあり、貸金業法は改正が行われる事になります。
最初に改正がなされたのは平成15年です。
通称『ヤミ金融対策法』として制定されましたが、はっきり言って、この改正は不完全でした。
その為、3年後となる平成18年に、今度は大々的な改正が行われる事となったのです。
これには、グレーゾーン撤廃に関する世論の声が反映され、結果としてこの改正によって貸金業の適正化、グレーゾーン金利の廃止が正式に行われました。
まだ問題はあるものの、この改正によってかなり大きな改善がなされ、貸金業法はようやく正しい運用がなされるようになりました。
それに伴い、各金融業者もこの法律に合わせて金利の引き下げを行うようになり、そこで各金融会社の金利引下げ競争が勃発するなど、様々な変化が見受けられたのです。